武井怜のこの世は遊び場

歌人、随筆家の武井怜のブログです

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【嫌な奴】

12月25日(木)

【嫌な奴】
どこにいても邪魔になりそうな狭い駅前で、おべんべんを待っていた。
私が待っていられる場所は、エレベーターの前の少しのスペースだけだった。
ベビーカーが視界に入った。
エレベーターに乗るのだろうなと思ってどこうとしたら、ベビーカーを押していた女性から、「押してください」という声が聞こえた。
エレベーターのボタンのことだとすぐにわかった。
おべんべんに「どう考えたって短気だよ」と言われる私だから、そのときも、他に「すみません」などの言葉もなく、あまりに当然のように「押してください」と言った彼女の図々しさに少し戸惑った。
だけど私はそこにいたのだから、私がエレベーターのボタンを押すのは当然のことように思え、押した。
私は彼女のこともベビーカーのことも、少し視界に入れていただけで、そこにどんな人がいるのかを知らなかった。
振り返ると、そこにはなんと、甘エビを頭に乗せて、それをドレッドの代わりにしている女性が、いたわけではない。
ベビーカーの脇に三歳くらいの男の子がいたのだ。
彼女は、自分の息子であるその子に、エレベーターのボタンを「押してください」と言っていたのだった。
だから私は、それまでボタンを押していなかったくせに、男の子がボタンを押そうとしたらわざとボタンを押す嫌な奴になってしまった。
もうその場にいられなくなってしまった私は、彼女達に謝りながら、冷たい風の吹く外へ出た。
男の子の社会進出への一歩を妨げた後の風は厳しかった。