武井怜のこの世は遊び場

歌人、随筆家の武井怜のブログです

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【親切だと得をする】

4月5日(日)

【親切だと得をする】
安物のタンブラーを探している。
というのも、漢方を飲むときに、常温の水でさえゴクリゴクリと飲めない私には、白湯が必要だからだ。
白湯は私が知る限り、どこにも売っていない。ポッカの「ほっとゆず」とか「ほっとレモン」とかが好きだから、漢方をそれで飲めたら幸せだけど、私のことだから、漢方とそれらが体内でケンカするのではないかと不安になってしまう。
だから白湯をタンブラーに入れて持ち歩きたい。目的がそれだけだから、安ければ安いほどありがたい。
だからこの前、新宿にタンブラーを探しに、ある雑貨屋に行った。
タンブラーはすぐに見つかったけれど、思ったよりも高かった。だけどあれは水筒だった気もする。とにかく予算オーバーで、そこで買うのはやめておいた。
女子力の高い三百円均一の「3コインズ」になら、もしかしたらあるんじゃないかと思って、ルミネエストに行ってみた。
棚を整理していた店員さんに聞いてみたら、ちょうどその店員さんの整理していた棚にあって、「これしかないんですけど・・・」と言いながら店員さんが手を伸ばした先には、茶色い容器が見えた。
十八歳の頃、リリー・フランキーのエッセイ「東京タワー」を読んだことをきっかけに、いろんなエッセイを読みたくなって、本八幡の本屋さんで、店員さんに「エッセイってどこにありますか?」と聞いたら、迷わず雑誌「ESSE」の前に案内されたことがある。
だから茶色い容器を目にしたとき、一気にそのときの記憶が蘇ってきて、タンブラーって、植物関係の用具の名前としても耳にしたことがあるから、鉢植えを出されるんじゃないかとドキドキしていた。
だけどよかった、店員さんに差し出されたのは、ちゃんとしたタンブラーだった。
店員さんが「これしか」といったのは、そのタンブラーが蓋のついていない、スターバックスの紙のカップのような形のものだったからだ。
そのタイプだと持ち運びは厳しいから、それを受け取るべきではなかったのだけれど、私は鉢植えじゃなかっただけよかったと思ったせいか、「ありがとうございます」と受け取ってしまった。そのとき頭の片隅で、「飲み口の所にシールを貼れば、なんとかなるか」と確実に思っていた。
店員さんから離れた直後に、「シールじゃないわよ!」と、心の中で珍しくツッコんだ。
棚にタンブラーを戻したいけれど、例の店員さんがそこにいるから気まずくて置けず、私はあたかも、他のものも見ていますという客になりきって、タンブラー片手に店内をうろついた。
新宿だから、ルミネだから、店内は人だらけだった。最近、人混みは風邪がうつりそうで苦手だ。
タンブラーを棚に置くことさえできれば、私はすぐにでもこの人混みから抜け出せるのに、店員さんが棚の前で仕事をしているから、そうすることが無理な状況、つまり、店員さんのせいで帰れないし、店員さんのせいで風邪がうつるかもしれない。
それなのに、その店員さんの対応が親切だったから、そこまで憎まなかった。
だから人に親切にすると得をすると思った。