武井怜のこの世は遊び場

歌人、随筆家の武井怜のブログです

歌人・エッセイスト 武井怜のブログです

【絵コンテ以外には興味がないおばあさん】

5月9日(土)

【絵コンテ以外には興味がないおばあさん】
喫茶店で4コマ短歌を描いていた。
隣の席にはふたりのおばあさんが向かい合う形で座っていて、その会話から想像するに、彼女達は社交ダンス教室の生徒仲間という感じだった。ダンスのジャンルが「社交」かどうかはわからない。そもそもダンスかどうかもわからないけれど、仲間ではあった。
私は幸せなことに、自分がおばあさんになっても仲良しでいられるだろうと思える親友がいるから、4コマ短歌制作の傍ら、彼女達の様子を未来の自分達と重ねていた。
私達は今二七歳で、少なくとも私は、もう髪の毛をオレンジ色に染めたりしないしピアスの穴も増やさない。人生「ストン」と落ち着いたと思っていた。けれど隣の彼女達を見ていたら、二七歳、まだまだ足を着く地が遠いなと思った。彼女達は、エロい名前の人がいてもLINEで知らせたりしなさそうだったからだ。
4コマ短歌作りがひと段落ついて、楽しみにしていたチョコレートブラウニーの封を開けるために前かがみだった上体を起こすと、私の斜め前にいる方のおばあさんが、明らかに私の4コマ短歌を見ているのがわかった。
これが乳首の写真だったら、私はおばあさんが見ていることに気づいた時点で、急いでそれを裏面にひっくり返し、先日ここでも書いた、薬局で痔の薬を買うときのお姉ちゃんのように、「私のじゃないんですけどね」と救われないフォローを入れたはずだ。
けれど自分が作ったものに対して、人が、しかも普段関わりの少ない世代の人がどんな反応を示してくれるかは、もちろん興味がある。だから私は、おばあさんの視線を好きにさせた。
「カレーにコーンって入れていいですよね?」と昨日、喫茶店で隣だった女性に聞きたかったけれど勇気が出なかった。知らない人にみんなが気軽に話し掛けることができる世界になれば、基本的には素敵なのにと、常に思う。
だからおばあさんが話し掛けてきたときは「これこれ!」と思った。
「ごめんなさいね、それは絵コンテかしら?」と聞かれて、「いえ、4コマ漫画です」と答えた。その時は気づかなかったけれど、次に「広告ではないの?」と聞かれたのが、彼女からの「最終確認」だった。私は「あ、違うんですよ」に加えて、前述の通り、名前も知らない人に話し掛けてもらえた状況が嬉しくて、「これ、言葉が短歌になっている漫画なんですよ」と、聞かれてもいないことを話した。向こうから話し掛けてきてくれたのだから、絶対に興味を持ってくれると思ったのだ。
するとおばあさんは、「あら、そうなの」プラス一言二言無難なことを言いながら、なんとトレーを持って席を移動し始めた。
なんなら連れのおばあさんの方が気を遣ってくれて、「うちの孫もこういうの好きで描いていてね・・・」と嘘か本当かもわからないフォローを入れてくれる始末だ。そしてこの方、連れが急に席を移動しだしたというのに一ミリたりとも動じていなかった。親友なのだろう。
幸せなことに、私には自分がおばあさんになっても仲良しでいられるだろうと思える親友がいる。喫茶店で隣の席の人が広告の絵コンテを描いていなくても席を移動しない親友が。