【がぶ飲みしたいとき】

5月16日（土）

【がぶ飲みしたいとき】

小学生の頃、めざましテレビの合間に流れる、お笑い芸人「いつもここから」の「がぶのみしたいときー！」という声を聞きながら、毎朝靴下を履いていた。たしか「がぶ飲みミルクコーヒー」という飲み物のCMだった。

幸か不幸か、私は「がぶ飲みしたいとき」に遭遇したことは今のところ一度もない。どんなに辛いことがあっても、逆に嬉しいことがあっても、それを飲み物に反映させようとは思わなかったし、たぶん今後もそうだろう。

今朝、近所の喫茶店にいたら隣の隣の席に座っていた女性のところに店員さんがやって来て、「お客様、シロップは入れても大丈夫ですか？」と確認をしていた。飲み物を注文するときに、入れないでほしいものがあるというようなお願いをしたのだろう。

彼女はシロップは入れて大丈夫だと答え、そのあと、

「がぶ飲みしたいんで」

と付け加えた。

彼女は「がぶ飲みしたい」と伝えさえすれば、「ハンバーガーにピクルス抜きで」くらいの容易さで、店員さんが彼女の注文した飲み物に、何を入れればいいのか入れてはいけないのかがわかると思ったのだろうか。

何はともあれ、私は人の「がぶ飲みしたいとき」に遭遇することができたのだ。

彼女に何があったのかはわからない。何があったとしても、どうしてがぶ飲みしたくなるのかもわからない。

ただ、がぶ飲みしたい女性が私のそばにいる事実だけが土曜の朝にぽかんと浮かんで、「さぁ武井、面白いだろう。この状況をどうする？」と魔王に試されている気持ちになった。

私は彼女のがぶ飲みについて、止めも促しも取材も相談に乗りもしなかったから、夕方風が冷たかったのは、あれは魔王の私に対する期待外れのため息だ。