武井怜のこの世は遊び場

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【国会図書館でジーメーーール!】

5月1日(金)

国会図書館でジーメーーール!】

お姉ちゃんとは比較的早いうちから会わなくなったから、あまり会話をした覚えがない。
その貴重な会話の中で一番覚えている話が、痔の薬の話だ。
お姉ちゃんは薬局で痔の薬を買いに行くことになった場合は、レジの人に「私じゃないんですけどね」と、わざわざ言うらしい。
先日、数ヶ月ぶりに国会図書館へ行った。そこに行くと思い出さずにはいられないことがある。
数年前に私は、おべんべんと二人でそこへ来ていた。
英語のヒアリングの授業で使うような部屋に百くらいの席が設けられていて、私達はそこに横並びに座った。
おべんべんは資料が必要だったため、ほとんどの時間、席を外していた。
チャララララチャララララチャララララ
そこへCHARAが現れて動揺したわけではない。私が聞き慣れた音が部屋中に響いたのだ。
おべんべんの携帯のアラームだ。
十七時という、とても中途半端な時間に謎のアラームをセットしていた本人は不在だった。
犯罪級の大音量を私はよっぽど自分とは無関係と思いたかったけれど、周りの席の人達は、私とおべんべんが二人で席を決めているところや、十三時の時点で夕ご飯の話をしているところなどを目撃しているわけだから知らんぷりもできず、私は死にそうな思いで席を立ち、おべんべんの携帯に手を伸ばし、そこから溢れ出るチャラをせき止めた。
席を立った瞬間、「私じゃないんですけどね」と言いたくなるお姉ちゃんの気持ちが痛いほどにわかった。
機械とは縁遠い私は、その言葉を知った当時から「スヌーピー」しか思い浮かばないけれど、「スヌーズ機能」というものの「おかげ」で、きっと世の中の人達は寝坊を避けることができているのだろう。
けれどそのときはスヌーズ機能の「せい」で、五分後にまたチャラが出てきてしまう気がしたから、私は一度置いたおべんべんの携帯に再び手を伸ばし自分の手元に置き、やっと寝てくれた赤ちゃんを見つめる親の顔でおべんべんの携帯を見つめていた。
おべんべんが戻ってきた。携帯が私の手元にあるのを見た瞬間に全てを悟っていた。
一時間後、私達はお互いの仕事を終え、帰り支度をしていた。
おべんべんが資料を返しに行くと言って席を離れた。
その数分後におべんべんの携帯が、今度は叫び出した。
期末テスト中のように静かな空間の中、
「ジーメーーール!」
と叫び出したのだ。
それは私の声だった。
カスタマイズが好きなおべんべんはGmailの受信音を、私が「ジーメーーール!」と元気に言っている声に設定していたのだ。
私は目頭を押さえた。
周りの人からしたら、さっきチャララララ鳴った席から、今度は「ジーメール!」という叫び声が聞こえているのだ。すこぶる情緒不安定な席だ。
あなたはギャグ漫画の世界に生きているのかと、部屋に戻るなり私からそう尋ねられたおべんべんは、またすぐに状況を把握し、照れながら、本来私が言うべきである「早く帰ろう!」のセリフを横取りした。
誰の顔も見ずに、見ることができずに部屋を出てから、おべんべんは笑いながら「携帯メールじゃなくてまだよかった」と言った。
携帯メールの方は、私の高校時代の演劇部での思い出の、「へっ!尻に敷かれるタイプだよね!」というセリフに設定していたと言う。