武井怜のこの世は遊び場

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【テンパる】

4月28日(火)

【テンパる】
嫁と姑のケンカを、一度だけ生で見たことがある。お母さんとおばあちゃんのだ。お母さんは台所の入り口でおばあちゃんに、「お義母さん、だって私忙しいんだもん!」と訴えていた。普段おばあちゃんにそういう言い方をしないお母さんだったから、当時私は五歳くらいだったけれど、子供ながらに異常事態アンテナがピーンと立って、冷蔵庫からアンパンマンのキャンディーチーズをテキトーにわしづかみしてその場から逃げた。
そのあと一度もそういう場面に出くわしていないから、あのときお母さんは本当に忙しくて、いわゆる「テンパっていた」という状態だったのだと思う。
私は高校時代、お弁当屋さんでアルバイトをしていた。
高校生だから平日は午後五時から十時と、五時間だけの勤務時間だったけれど、その五時間は仕事帰りのお客さん達が絶え間なくいらっしゃる時間帯だったから忙しかった。
「いらっしゃいませませ」と言ってしまったり、一緒に働いていた子は、「いらっしゃいませ」を抜かしていきなり「こんばんは」と言って、「近所の知り合いかよ!」とつっこまれていた。
働き始めの頃なんかは、忙しさに加えて覚えることもたくさんあって、私は常にテンパっていた。
これもテンパっていたからだと思うのだけれど、店長に唐揚げの揚げ方を教えてもらったときのこと。
フライヤーの前で、衣の付いたもも肉がたくさん入ったボウルを渡されて、「これをトングで一個ずつ入れていって」と言われた。
私は「はい!わかりました!」と意気込んで、トングで掴んだもも肉を自分の目の高さまで持ってきて、そこから油のプールであるフライヤーにボットンと落とし入れた。
店長が「えぇ!?大丈夫!?」と驚いていたのを見て、唐揚げはフライヤーにそっと入れなければいけなかったことと油がはねたことがわかった。だから私も「店長も大丈夫ですか!?」と言った。
店長は、「俺はここまで燃えたことがあるから大丈夫!」と肩を指差していて、早速このアルバイトを辞めたくなった。