武井怜のこの世は遊び場

歌人、随筆家の武井怜のブログです

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【ギャップを埋めて】

5月29日(金)

【ギャップを埋めて】
小学校に入学する前の話。
親戚のお葬式の帰り、電車内でお父さんが、私たち家族にちょっとした冗談をかました酔っ払いの男性を殴った。お葬式で頂いたお寿司の箱で。
お父さんの叔母さんのお葬式だった。お父さんにとってその人はたくさん思い出のある人だったのかもしれないから、いろいろ思うところもあったのかもしれない。だからお父さんを責める気持ちはないけれど、何の罪もないのに人を殴る道具として使われたお寿司と、その箱がかわいそうでならないのだ。二十年以上経った今でも、あのお寿司と箱のことを思うと涙が出てくる。
お寿司と箱は、興奮したお父さんによってなされるがままにうぉーんと振り回された挙句、酔っ払いの顔面に行き着いたのだ。
網棚に置かれていたとき、箱はシチリアの風を浴びる夢を見て寝ていて、その箱の中でお寿司らは、えんがわがまぐろを褒め称え、まぐろは謙遜し、イカとエビは恨んでいる漁師の名をせーので言い合うなど、平穏な空気に包まれていた気がしてならない。そう思えば思うほど、その後彼らに起きた不幸な出来事が辛いから、お父さんが殴っていなくても、箱は臭くてすこぶる不機嫌で、お寿司はみんな仲が悪くて、それこそ殴り合いをしていたと思って、お父さんの手に持たれる前後のギャップを少しでも埋めたくなるのだ。